日本が被援助国だったころ
東海道新幹線の建設に際して、世界銀行から借款を受けていたことはあまり知られていません(援助関係者にはよく知られていますが)。
このエピソードは、日本が開発途上国になぜODAを供与する必要があるかを説明する際に、「日本もかつて国際社会の支援を受けたことにより現在の繁栄がある。その恩返しとして日本が途上国に支援をする必要があるのだ」ということを説明する際によく引き合いに出されます。
さて、当時、世銀から支援を受けた日本はどのように考えていたのでしょうか。
先日読んだ「未完の国鉄改革」(葛西敬之著、東洋経済新報社、1800円)にはこのような記述があります(強調は引用者)。
東海道新幹線は当初の試算では4000億円程度必要とされたのを、十河総裁がそれでは国会の承認を得られないというので1900億円に削って要求したといわれる。とすれば、3800億円あまりに増額したのは予定の行動だったわけである。世界銀行から8000万ドル(借入当時で約288億円)の借款をしたのも、途中で引き返すことができぬよう政府の退路を遮断するためであり、この知恵を授けたのは国鉄の先輩で時の大蔵大臣であった佐藤栄作氏であるとも聞いたが、本人に確認する機会を得なかった。
資金援助というと単純に国内投資の資金ギャップを補填するための国外からの資源移転と捉えがちですが、必ずしもそうではない要因があるということを考えさせられるエピソードです。
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