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2008年10月 9日 (木)

新JICAに関する吉田鈴香氏の記事

吉田鈴香氏の「新JICA発足、目的と財源は不明瞭なまま」と題する記事が日経ビジネスオンラインに掲載されています(こちら。読むには登録(無料)が必要です)。

現状分析としては鋭いところがあって面白いのですが、結論部分の、

  • 援助は国際的な生活保護と位置づける
  • ローンは財源もなく、借り手もないので無理
  • ガバナンスが良い国への無償の財政支援に移行
  • 経済自由化と民主化、強力な国との軍事同盟の重要性を伝えるべき

という箇所については、鋭い現状分析に比してずいぶん大雑把な提言のように思います。

「国際的な生活保護」については、「中央政府から地方政府への交付金」という例えの方がよかったのじゃないかと思います。

実際、私もある欧州ドナーの人間から「日本は自助努力と経済発展が大事というが、マリのような国が東アジア諸国のような自律的発展を遂げると思うか? 日本でも北海道や沖縄といった地方に交付金を出しているのと同じように、ODAも国際的な交付金を供与していると考えてはどうか?」と言われたことがあります。

ただ、生活保護についても交付金についても、真にそれが必要な人を除いては、極力それを受けなくてもような施策と組み合わされるべきです。

吉田氏はODAの目的である経済成長にはニーズがない、と言いますが、世界の貧困人口は依然として14億人も存在するわけで、14億人に対して生活保護を供与するのは現実的でなく、また、よりよい生活を自らの手で実現したいと考えている多くの人々の考えに沿っているものとも思えません。

また、有償資金協力については、財投がなくなるのでもうできない、という主張についてもよくわかりません。国際機関やドイツ、フランスといった有償援助をしている国は、別に財政投融資制度がなくたって資金調達をしているわけです。譲許的な融資とは要するに無償の部分と市場資金とのブレンドであり、無償の財源さえあれば別に財投がなくたって構わないわけです。

ガバナンスが良い国への財政支援へシフトする、という方向性については、それが世界の潮流であり、方向性としてはよいと思いますが、我が国においてさえ公共部門の汚職があるなかで(今日も各省のODAで流用があった、という報道がありました)、資金使途を問わない財政支援にシフトするというのは、口で言うほど簡単ではありません。

思うのですが、開発援助というのは、定義づけを変えたり、援助手法を変えたりするようなことでうまくいったりいかなかったりするような、単純なものではないのですよね。

新JICAでは、これまでのJICAでの経験、JBICでの経験をくみあわせ、現場の一つ一つの課題に丹念に取り組んでいくことによって、地道に援助効果を上げていくことが求められているのだと思います。

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