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2009年4月 1日 (水)

「食糧危機」をあおってはいけない

「食糧危機」をあおってはいけない(川島博之著、文春ペーパーバックス)を読みました。

これは良い本です。

著者は東京大学大学院の准教授ですが、平易な言葉で、しかしレベルを落とさずに解説しています。

人口爆発や途上国の生活水準の向上(肉食の普及)、地球環境の悪化等の要因によって食糧危機が起きる、だから日本は食糧自給率を上げるべきである、という主張をよく聞きます。

しかしこの本では、そもそも先進国は自国の穀物を押し付け合うぐらい食糧を生産しているし、集約的農業を行っているのは日本、西欧など一部の先進国だけで、それ以外の耕地は施肥や品種改良などで生産性を向上する余地がたくさんある、休耕地もたくさんあって、人口も今後増加のペースは落ちていくので、食糧が足りなくなることはない、昨年の食糧価格の高騰は投機マネーが流入した一時的な金融現象である、というのが本書の主張です。

帯にもありますが、人口爆発や「買い負け」で魚が食べられなくなるとか、水も肥料もたりないとか、バイオ燃料によって穀物が人々の口に入らなくなるとか、新聞その他で喧伝されていることについて、冷静に反論していく記述は、痛快でもあります。

ただ、筆者はサブサハラアフリカだけは事情が異なり、政情不安で経済活動が停滞している上に、人口爆発が継続している一方、穀物を輸入するだけの経済的余力がないので食糧問題が重要な課題になっていると指摘します。

では、アフリカはどうしたらよいのか。

食糧価格の高騰で貧困層が打撃を受けているとして、世界銀行やWFPは、今こそ途上国の農業投資を支援すべきだ、と主張していますが、本書の主張は、それとはやや異なっています。

少し長くなりますが、大変興味深いので引用します。

実はこの「アフリカでなぜ化学肥料が使われないか」という問題は、開発経済学の中でも大きなテーマになっています。(中略)

アフリカの農村では輸送のための道路や港湾設備などのインフラが整備されていないので、余分にできた作物を地域の外に運び出すことができないのです。生産した農産物はすべて地元で消費するしかありません。その状態で化学肥料を投入して生産量が上がってしまうと、大量に余ってしまって、価格が暴落してしまうわけです。(中略)

では港を整備したり、倉庫など輸出に必要なインフラを整えて海外の市場にリンクさせれば、アフリカの農業の生産性も大きく上がるのでしょうか。すると今度は国際政治の問題が壁になってきます。(中略)

食糧危機について日本人が真剣に憂慮している一方で、WTOの交渉で先進国が話し合っているのは穀物の押し付け合いなのです。(中略)先進国は彼らの作る穀物を決して買おうとしません。「穀物は自分たちのところでも余っているから」と言って買おうとしないわけです。

先進国から農業技術を導入して穀物を増産しても、、売り先がない限り過剰生産になって、農作物の値段が下がり、農民がよけい苦しむことになってしまいます。

本当にアフリカの人たちを助けたいと思ったら、援助する代わりにコメや小麦を輸入してあげることです。その方がはるかに役に立ちます。これは別に私だけの意見ではありません。アフリカの国々の連合体であるアフリカユニオンや、開発経済学者の中でも多くの人たちが同様の指摘をしています。

ですがメディアではそうした声はほとんど紹介されません。
(「第4章 生産量は本当に限界か?」 強調は引用者)

つまり、農業分野に援助しても、その一方で途上国からの輸入に制限をかけていては、アクセルとブレーキを同時に踏むことになってしまい、効果が出ない、ということです。

本当に途上国のことを考えるのであれば、開発援助政策と貿易政策の「政策の一貫性」が重要なわけですが、扱っている役所も違うし、途上国の農民と自国の農民の利益と、どちらを優先するかといえば、政治の観点からはもちろん後者なわけで、問題解決は容易ではありません。

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