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2009年12月13日 (日)

援助の世界も競争の世界

先々週の週刊文春の記事「ODAに巣食う「援助貴族」JICA「気分は外交官」」の一節にこういうのがありました。

緒方氏は仕分け人にこう抱負を語った。

「JICAの援助先はアジアが多いが、アフリカを増やしている。最近は新しく援助する側になる国が増えた。援助の世界も競争の世界だから、いい援助先にすばやく日本が援助できる体制を整えたい」

援助は競ってまでするものではなく、困っている国や戦略的に必要な国に絞るべきだと思うのだが。

強調部分はこの記事を書いたジャーナリストが、緒方理事長の発言を「ばらまき援助」をしているかのように印象付けたい意図で書いた印象を受けますが、現実の世界も競争の世界というのは本当です。

援助する以上はきちんとその援助を役立ててくれる国、戦略的に重要な国に出すことが重要です。そうした国は誰もが援助したいので、自然と多くのドナーが集まります。

ところで、そうした国でも真に重要なプロジェクトというのはそう多くはありません。重要な事業を支援するためには、よそのドナーよりも、タイムリーに、相手のニーズにあった形で支援する必要があります

より分かりやすく言うと、重要性からいってその国にとっての羽田空港を支援したいのに、モタモタしていると、日に数便しか飛ばないような地方空港とか、そういう案件しか要請があがってこない、ということになってしまうということです。

貴重な財源だからこそ、よその国と競争してでも重要性の高い案件(=相手に感謝される案件)を支援する必要がある、というのが緒方理事長の発言趣旨だと思います。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

謙譲さん、あけましておめでとうございます。
コメントを頂きありがとうございました。レスポンスが遅れて申し訳ありません。

競争力については謙譲さんのおっしゃる意味も含まれていると思います。質の高い援助を実施していれば日本への援助の信頼度が増し、他国ではなく日本の援助を求めるようになるというのが理想ですし、緒方理事長もそのような文脈で語ったのではないかというobservationについては、その可能性も十分にあるものと思います。

ただ、もともとの記事では「援助は競ってまでするものではなく」としており、よその国が支援するのであれば日本がわざわざ支援する必要はないのではないか、ということを主張されているようでしたので、競合相手があっても支援するという現実がある(競争に勝てないと支援したい国や事業に支援できない)、ということを指摘しておきたかったというのが私のエントリの趣旨でした。

投稿: participant | 2010年1月 4日 (月) 19時00分

 僕は、援助は競争というのは違う形で捕らえていました。

 シリア電力関係者と話していると、「日本のODAにより建設された発電所のおかげで、首都ダマスカスが明るくなった」という話を毎回聞きます。彼らは、日本からもっとODAによる支援がほしいと言っています。つまり、いい内容の援助をしているから、他国との比較においても日本のODAは競争性を有している、ということなんだと思います。

 アメリカの自動車よりも日本車がよい、というような意味で援助も競争社会なのだと思います。日本としては、自身をもった製品(援助)を売り出していけばいいように思います。

 もちろんそれが国益とか、羽田空港というような重要な場所に、質の高い日本の支援がされたらいいなと思いますが、この記事で言いたかったのは、国益とか羽田空港のことではなく、競争性を有する内容が重要ということなのではないでしょうか。

投稿: 謙譲 | 2009年12月23日 (水) 06時12分

一国民さん、こんにちは。コメントありがとうございました。

ODA全体として日本の国益にかなっているか、という点から評価しているものがあるかどうか探してみたのですが、そういう視点から行われた評価というものは少ないようです。

ODAも国が実施する政策ですので、「政策評価」の対象となり、総務省が行った評価がこちらにあります。
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/keizai_hyo_3.htm
しかし、日本にどの程度見返りがあったか、という点については「ODAの必要性」のところで少しふれられているにとどまっています。

日本企業の経済活動への影響については、日本のODAが日本企業の直接投資の先兵効果を有しているのではないか、という点をこちらの論文が指摘しています。
「開発援助は直接投資の先兵か」
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/07030005.html

各国の国連の投票行動と援助の関係については、残念ながらその点について評価あるいは考察を加えた論文等が見つかりませんでした。援助額と投票行動との相関関係がみられるかどうか、というのは確かに重要なテーマだと思います。

投稿: participant | 2009年12月17日 (木) 07時59分

では、日本の援助の成果が出ているか、というのは日本への見返りがあったか、という視点でみるということですね。国連常任理事国になれる見通しも、北朝鮮制裁の日本の方針への共同歩調もとれていない以上、成果はあがっていないといわざるを得ないのでしょうか。作った橋に車が通っているとかいないとかのプロジェクトの評価は見たことがありますが、日本の国益増進という援助の目的が達成されているかどうかという評価はなされているのでしょうか。そもそも援助決定の前の段階で目指すべきターゲットとして具体的な「国益増進」が測定・評価可能な形で設定されているのでしょうか。

投稿: 一国民 | 2009年12月16日 (水) 13時01分

コメントありがとうございます。
援助の目的は何ですか?という点なのですが、二国間援助の場合、困っている途上国を助けることを通じて日本の国益を増進する、というのが回答だと思います。

財政状況が悪化しているからこそ、日本にとって見返りのある援助を実施することが求められており、新しいODA大綱にも国益の重視が含まれています。

国益の内容はODA大綱では明らかになっていませんが、ご指摘にあるように資源の獲得の他、国際場裏での日本への支援(国連改革における日本への一票、北朝鮮制裁決議への支援など)、当該途上国における日本企業の活動促進、日本にとって重要な地域の安全保障の強化、我々にも影響する地球規模問題への対応(気候変動対策や感染症対策)といったことが挙げられるかと思います。

援助は外交ツールですので、多かれ少なかれこうした意図が含まれて供与されますが、供与するからには相手国から評価されるよう、また、貴重な資源が浪費されないよう、貧困削減や経済社会の発展により効果的でインパクトのあるプロジェクトに投入されることが重要であり、そのためには援助スキームをブラッシュアップしておく必要があります。

もちろん、これは相手国の重要性や援助を供与することによって達成される国益の程度にもよると思いますので、「他の国がやってくれるのであれば、そちらに任せよう。その資源はより重要なプロジェクトに回そう」という判断もあると思います。しかし、そうでない場合には、日本の援助が最も信頼できるとして重要なプロジェクトを支援できるようにしておく、というのが「援助も競争の世界」と言った趣旨です。

投稿: participant | 2009年12月16日 (水) 08時08分

でも、わざわざ日本が支援しなくても、重要な案件(羽田空港)を他のドナーが支援してくれるのであれば、それで途上国の発展に役立つのであればよいのではないですか。日本の財政状況も苦しいし。「羽田、を他のドナーにとられたから、じゃぁ地方空港を」と意見が出ること自体が、その国に対する支援を(どんなに日本の財政が苦しくても)行うことを前提としていますよね。失業・年金問題などで苦しんでいる日本の国民目線では理解できません。
「誰もが援助したいので、自然と多くのドナーが集ま」る国なのであれば他のドナーにまかせておけばよいではないですか。
それとも、資源国とか、どうしても日本として「恩を売っておきたい」国向けには援助が必要、ということですか?では、援助の目的は何ですか?恩を売っておくことですか?困っている途上国を助けることではないのですか?
緒方さんの言葉も、このブログも、読んでて腑に落ちませんでした。

投稿: 一国民 | 2009年12月15日 (火) 16時10分

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