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2010年4月

2010年4月30日 (金)

求められる人材と手当ての水準

先日、独立行政法人の事業仕分けが行われ、役職員の給与や手当等について仕分け人から厳しい意見が出されました。

組織を経営するにあたり、「ヒト・モノ・カネ」のそれぞれの観点から目指す経営を実現するためにどのような対策をとるかを考えることが重要です。ですので、独法においても、職員については、経営目標(注)を達成するために必要な人材を労働市場から獲得してこなければなりません。

(注)もちろん事業として国民にとって意味あるものという前提です。事業そのものが必要ない、と判断されれば役職員の手当ても何もありません。

仕分けでは、個別の役職の手当てが「高い。民間では考えられない」という指摘がされていましたが、まず経営目標を何にし、それに基づき職員にどういう仕事をさせるか、その仕事ができる人材が労働市場においてどのような需給バランスにあるか、ということを考えないと適切な水準が判断できません。「民間」とひとくくりに言っても、求める人材によって必要となる対価は千差万別でしょう。

では、仕分けの場で、どういう人材が必要か、またその人材の労働市場における需給バランスはどうかということを個々の役職について議論することが適当かといえば、仕分け人は各分野の専門家とはいえ、「人事部」の人間ではないのですから、個別の役職に求められる役割と労働市況について十分な知識があるとは思えませんし、また、それを議論する時間もないと思います。

何がいいたいかというと、

·       組織として必要とする人材を定義しないと、手当ての妥当性については高いとも安いとも議論できない

·       手当ての水準は、労働市場の需給バランスに左右される

ということです。

大事なことは、より少ないコストで大きな成果を達成する(すなわち効率化を図る)ということですから、既にやっているように総人件費は「5年間で5%削減」といったようなキャップをかけつつ、どこの役職にどのぐらいの待遇でどういう配置をするかといった運用は、各独法に任せることでよいのではないでしょうか。求められる人材の質のいかんにかかわらず一律に手当てをカットしたりすると人材流出が生じ、業務に支障がでるといった事態になりかねません(注)。

「各独法に任せていては、独法は職員に甘い手当てを与えつづけるに違いない」という懸念があるかもしれませんが、総人件費は削られていくわけですから、各独法は、その制約のなかで経営目標を達成しようと人事制度改革や能力別供与の導入などの効率化を図ろうとするはずです。それをしない独法は生産性が低下し、求められている役割を果たせなくなっていきますので、次の仕分けや評価委員会で厳しい評価がくだされるでしょう。

個々の役職の手当について事業仕分けの場で「高い」と指弾することは、パフォーマンスとしては刺激的ですし、各独法にコスト意識を持たせるうえで有効だと思いますが、それが各独法の経営の柔軟性を損い(「仕分けの場で言われたからとにかく下げなければ…」「あの役職は高いと言われたから安くて済む若い年次の人間をいかせよう…」)求められる人材・役割と実際の報酬・手当てのミスマッチが生まれ、人材流出や組織としてのパフォーマンスの低下などの弊害が生じることを危惧します。

(注)この点、「手当てが少なくても熱意をもった職員を雇えばよい」という意見もあるかと思いますが、国家公務員については近年志願者が減少したり、転職者も増えていると聞きます。

小説「坂の上の雲」のなかで正岡子規が

「人間のえらさに尺度がいくつもあるが、最少の報酬でもっとも多くはたらく人ほどえらいひとぞな。一の報酬で十の働きをするひとは、百の報酬で百の働きをする人よりえらいのぞな」

という箇所があり、昨年末のNHKドラマの中でもこの台詞が採用され、いかにも明治の日本人はこういう矜持をもっていた、というような取り上げられ方をされていたように思いますが、子規がわざわざこういったのも、明治の頃も人は報酬にみあった仕事を選んでいたからで、大筋の傾向において、人は経済的インセンティヴに(も)反応するという点は考慮にいれておく必要があります。

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2010年4月29日 (木)

図解 橋の科学

Science_of_bridges 先日、土木系技術者さんたちと橋のプロジェクトで出張したのですが、彼らの知識の深さに感銘を覚えるとともに、「理系っていいな。自分も高校の頃物理を一生懸命やっておけば」と少し後悔しました。

で、そうした皆さんの世界に触れてみたくて書店で平積みになっていたブルーバックスの「図解 橋の科学」(土木学会関西支部編、田中輝彦/渡邊英一他著、980円税別)を買って読んだら、これがたいそう面白かったです。

深い谷にかけられた昔の石橋など、どうやって架けたのか? 瀬戸大橋を建設するときに緻密な計算と建築をどのようにしたのか? など、面白い話題が満載です。

また、この中で文系人間の私にとって興味深かったのが、1807年に起きた、史上最悪の落橋事故と言われる永代橋の崩落の話。

この事故では1000人もの人が亡くなったのですが、その原因となったのが、当時の幕府が財政難のため、橋の管理を民間に委託していた結果、十分なメンテナンスができなかったことと言われており、現代にも通じる事例として紹介されていたのが印象に残りました。

これを読んでからは、普段何気なくわたっている通勤途中の橋を見る目が変わりました。お勧めです。

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2010年4月20日 (火)

トレインメッセージ

中央線に乗っていて、座席からふと上を見上げると、広告にどこかでみかけたような顔が。

思わず立ち上がってよくみたら大学のゼミの同期でした。おお、こんなところに。

で、読んでいたらとてもいいことが書いてあって強く印象に残りました。

鈴木
これから社会に出て行く学生へ向けてメッセージをお願いします。


土屋
どんな経験でも、自分のものにすれば「キャリア」になります。様々な経験を「言葉」にして、それを実感し、「自身の言葉」として獲得する力を身につけてください。そうして得た「自分の言葉」は、文学に限らずあらゆる場面において自分を強くします。自信につながり、存在感と説得力を生んでいきます。

確かに「自分の言葉」を持つということは大事ですよね。

いい歳をした私が学生向けのメッセージに感動しているのもどうかという気もしますが、それでもよい言葉をありがとうございました。

武蔵野大学トレインメッセージ Message72

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2010年4月13日 (火)

民主主義のコスト

Uk_and_japan 今を去ること20年前、ゼミに入るときに、森嶋通夫先生の「イギリスと日本」だったか、「サッチャー時代のイギリス」だったかを読んで、2大政党制のイギリスでは定期的に政権交代が起きることによって経済政策に振幅が生じ、その結果経済成長率が落ちるかもしれないが、それが「民主主義のコスト」である、という主張に感銘を受け、それをゼミ試験の論文に書いた記憶があります。

20年前は、政権交代がなかったので、10代の若者がこういう考え方に共鳴するのも無理はなかったとはいえ、20年後、政権交代によってその政策の振幅によって自分自身が苦労するとは思いもよりませんでした…orz。

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2010年4月11日 (日)

「経済学」教育の重要性

最近、開発問題について多数の学生さんたちと話す機会があったのですが、その多くが途上国の問題解決に重要なのは「教育」であると考えているのが印象的でした。

確かに教育による人的資源の能力開発は重要です。しかし、実際には初等教育レベルでの就学率は大幅に改善している国が多く、また、中東地域のように高等教育まで終えても就職先がなく、若年層の失業率が社会問題化しているところもあります。

したがって、教育のみならず、民間セクターが活動しやすいようなマクロ経済環境、アカウンタビリティの高い政治などが必要になりますが、それを指摘をする学生さんはあまりいませんでした。

むしろ、彼(女)らが「教育」と言う場合には、啓蒙する必要がある、という意味で使っているケースが多いように思いました。ドロップアウトしてしまう子供たちが多い問題については、「親の意識改革が必要」という指摘が多く、教育を受けることについての経済的なインセンティヴの側面から論じる人はごく少数でした。

また、環境問題については、「国や企業のエゴが問題なので規制を強化すべき」という指摘をする人も多く、排出権取引や炭素税のように環境問題を減じさせるような誘因を与える方策について述べる人もほとんどいません。

規制の強化が必ずしも間違っているわけではありませんが、せっかく大学で経済学を学んでいるのであれば、インセンティヴを軸とした経済制度について語る人がいてもいいのではないかと思います。むしろ、「規制」や「意識改革」など、coercive な対策を可とする意見が多いのは、我々日本人は市場経済社会に生きているのに不思議な印象を受けました。

Market_mechanism_and_equity そういうときに、大竹文雄先生の「競争と公平感 市場経済の本当のメリット」(中公新書、780円、税別)を読みました。

前著、「経済学的思考のセンス」同様、様々なトピックをとりあげつつ、経済学の有用性をわかりやすく解説してくれる、新書かくあるべしという内容です。

さて、本書では、冒頭で日本では市場に対する信頼が低い、という調査結果が示されます。

「貧富の格差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人々はより良くなる」という考え方にあなたは賛成するだろうか。アメリカの調査機関であるピュー研究所は、2007年のピュー・グローバル意識調査で、世界各国でこの質問を行っている。(中略)

この図からわかるように、主要国のなかで日本の市場経済への信頼は最も低く、49%のひとしかこの考え方に賛成していない。これに対してアメリカでは70%の人が賛成している。(中略)

つまり大陸ヨーロッパ諸国とロシアは比較的市場に対する信頼が低い国だ。しかし、日本はその大陸ヨーロッパ諸国や旧社会主義国である中国やロシアよりも市場のメリットを信頼しない国なのである。

そのあと、P.71では、日本では学校で市場のメリットについて教えていない、という興味深い指摘があります。

市場競争のメリットを学ぶのは、家庭や学校である。しかし、日本では子供が市場競争を実感することはなかなか難しい。そこで重要になるのが、学校での教育である。経済の仕組みを教えるのは、学校教育では社会科である。中学校や高校の社会科の教科書を読むと、市場経済の仕組みは書いてあるが、市場経済のメリットはほとんど書かれていない。

確かに、私自身の記憶を呼び起こしても、市場経済のメリットについて、中学、高校で学んだ記憶はありません。そもそも、公民の授業自体が日本史や世界史に比べて軽視されていたような気がします。

意識改革や規制強化は、それを強制される方の反発が予想され、適切な市場ルールを設定するほうが望ましいと思うのですが、大学生でもそういう考えをしない人が多いというのはやや心配です。中学、高校もそうですが、学部を問わず、一般教養での「経済学」を重視することが大事なのではないかと思います。

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