経済・政治・国際

2008年7月19日 (土)

ボトムビリオン

Bottom_billion 「最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?」(ポール・コリアー著、中谷和男訳、日経BP社、2310円)を読みました。

この本が取り上げているのは、開発途上国の中でも内陸国で紛争やクーデターが頻発し、経済のグローバル化の恩恵を得られていない国々です。ほとんどはサブサハラアフリカですが、中央アジアの国々もここに含まれます。

これらの国々は紛争や、劣悪なガバナンス、内陸国であるがゆえに周辺国の経済状況・インフラに左右される、天然資源が豊富にある場合には、それゆえに自国通貨の為替レートが高くなるため輸出産業が育たない(いわゆる「オランダ病」)、といった「罠」にはまっている、というのが本書の前半。

本書の後半は、それぞれの罠から抜け出すためには国際社会は何をなすべきかを述べています。提言は、いずれもアカデミックな分析に基づいて導かれており、主張に説得力をもたせています。

開発援助については、やみくもな資金援助はオランダ病の弊害をもたらしたり、被援助国の改革努力をくじいてしまうので、投入のタイミングとスキームの組み合わせが重要であること、また、改革を軌道に乗せるためには10年単位での長期の継続的な支援が必要であること、などが述べられています。

また、開発の問題はなにかとODAで解決されようとする傾向にありますが、筆者はODAだけではだめで、紛争を予防する軍事的介入、石油やダイヤモンドをめぐる汚職などのガバナンスの低下を防ぐ国際憲章の設定(「紛争ダイヤモンド」を市場から締め出すキンバリー・プロセスがその一例)、途上国に有利な貿易政策、とくに農産物の関税障壁の撤廃などが組み合されなければならない、と主張します。

日本の開発途上国とのかかわりはアジアに偏っており、つい「アジアの経験をアフリカにも」となどと言ってしまうのですが、この本を読むと、サブサハラアフリカの国がおかれている状況は順調に成長している東南アジアや南アジア、中国といった国々とは相当違うことがわかります。

イギリスや北欧の援助関係者と話すときに、話がかみあわなったりすることがありますが、それは、それぞれが念頭においている国や地域が違うからです。この本を読んでいるときに、彼らはこういうことがいいたかったのかとすとんと腑に落ちた個所がいくつもありました。

そういうわけで極めて有用な本です。関心のある人はぜひ読むべきですし、関心がなくても、大変わかりやすく書いてありますので、読むことをお勧めします。

うれしいことに近所の本屋さんでも平積みされていますが、こういう本が売れるようになると日本はそうとうイケている国になると思います。

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2008年7月11日 (金)

ムダボ、ダメポ

先日、サミットはスカイプでやったらタダじゃん、ということを書きましたが、世銀のPSDブログをみていたらこんな記事が。

G8 via Skype

「日本のブロガーが提案している」なんて書いてあるから一瞬自分かと思った(笑)。まあ、みんな考えることは同じということでしょうね。これで何百億単位でお金が浮くのであれば試してみる価値はありそうです。

ところでここのところ「ムダボ」という言葉が流行っているようで、これに関与している議員の先生方のブログ・HPなどでも取り上げられる機会が多いようです。たとえば亀井先生のこちらの記事。

ムダは削減すべきですし、その点については私も大賛成です。

他方において、先生たちが指摘されるムダは役所や独立行政法人のそればかりです。では、こちらで指摘されるようなことについてはどうなのでしょうか。

国会議員の給料

辛坊氏の「お願いだ。まず、国会に行ってくれ!」という叫びには怒りを通り越して笑いが出てしまいます。

思うのですが、亀井先生は「官の意識改革が必要」と書いていますけれども、官であろうと政治家であろうと、そして民間であろうと、同じ人なのだから「意識」はそれほど変わりはなくて、ムダをなくそうというインセンティヴがなければ、ムダはそのまま残り続けるのものなのではないかと。

国立印刷局の官舎も政府系金融機関のグランドも、国庫に返納させたとしてもそれは一過性のものです。それよりも、そのような経費削減を継続的におこなわせしめるようなシステムを作ることが大事なのではないでしょうか。

たとえば、フランスの開発庁は経費1単位あたりの援助供与額を指数化し、それを業績評価の一部に組み入れていました。効率的な組織として翌年以降の組織の事業予算や定員に反映される(増員される)という仕組みにすれば、各組織とも効率的な運営を目指すでしょう。

ところが今の日本では、公共部門はひたすら叩かれるだけの存在です。たとえ資産を売却したとしても評価されず、「叩けばいくらでもほこりはでる」とばかりにさらに定員や予算も叩かれて削減されるとなれば、職員の気持ちは経費削減ではなく組織防衛の方にばかり向いてしまいます。

政治的には「悪者」を作り出してそれをたたくのがわかりやすいのかもしれませんが、叩くだけでなく、強制ではなく自発的に、かつ、公共サービスの質が低下しないように経費削減を行っていく「仕組み」を作ることのほうがよほど重要だと思います。

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2008年7月 9日 (水)

難しいODA政策の優先付け

山内康一議員のブログにこんな記事がありました。

TICADの影響もあり、ODA増額論が台頭しています。
ODAのうち非効率な部分を指摘し、ムダを排除した上でないと、
ODAを増額すべきではないと思います。

消費税増税の前に、ムダの削減が重要なのと同様に、
ODA増額の前に、ムダの削減に取り組むのが筋です。
新生JICA誕生を機にムダの徹底削減をやるべきでしょう。
(衆議院議員 山内康一の「公募新人奮闘記」)

ムダを排除する、ということは、実は考えてみるとなかなか難しいです。単に間接経費の節減ということであればわかりやすいですが、政策的にプライオリティをつけて優先順位の低いものはやめてしまえ、という意味だとすると、ODAには様々な政策的意図があるだけに優先順位付けも簡単ではありません。

●貧困削減重視派

たとえば、ODAは世界の貧困人口を一人でも多く減らすためにある、という視点に立てば、最も効率的なのはガバナンスが比較的しっかりしており援助効果があがりやすく、かつ貧困人口の多いインドや中国に集中的にODAを供与することです。ただ、これだと国際的な課題となっているアフリカに援助は回りませんし、日本企業が裨益することも多くはなさそうです。

●コスト削減重視派

費用削減の効果的な方策の一つは、ODAで雇用するコンサルタントやコントラクターを現地の企業にすることです。これによりかなりの費用が削減できますが、これでは日本のすぐれた技術を供与するとか、「日本の顔を見せる」という日本ならではの支援ができない、といった声が出そうです。

●外交関係重視派

また、ODAは日本の国連常任理事国入りをサポートするためにこそ使うべきだ、という意見もあるでしょう。その場合は、どこかの国に集中的に供与するのではなく、広く薄く、票田となりそうな地域に、しかもその国の為政者が喜びそうな援助をバラ撒くのが「ムダのない効率的な使い方」となります。

●国益・日本企業重視派

あるいは、資源獲得のために、あるいは進出する日本企業のためにこそODAは使うべきであり、それ以外の使い方はムダだという意見もあるかもしれません。

実際にはこれら複数の政策目標をバランスよく達成しなければならないわけですが、それぞれの視点に立てば違う視点にたった支援は「優先順位の低いムダな使い方」と批難されるわけで、万人が納得するようなODAの実施というのはなかなか大変です。

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2008年7月 4日 (金)

税控除で途上国への民間投資を支援

世銀の民間セクター開発ブログ経由で読んだこの記事が面白いです。

A Better Approach To Foreign Aid

開発援助は援助国の税負担を増大させるし、非効率な相手国政府を通じて供与されるため効果的な使われ方をしてないし、そもそも途上国への資金フローは開発援助よりも圧倒的に民間資金の方が多い、という批判に着目し、だったら途上国への投資を行う企業には税控除を行い、その投資を支援すれば民間活力を通じた生産的な支援ができるのではないか、というのが論文の趣旨です。

なるほど、これは一理あります。これまで途上国に投資をする企業を、出資や融資などの方法で支援することはありましたが、支援国側が税控除を行うというアイデアはありませんでした。

途上国の首脳も「援助はありがたいが、先進国企業が来てくれればもっと嬉しい」ということを言うので、実現すれば歓迎されるでしょう。

他方において、税控除ぐらいのインセンティヴで企業は途上国に投資するものなのかどうか、疑問もあります。

 もしそうであれば、税特区のようなものを途上国側が作れば企業は投資するはずですが、ことはそう簡単ではない。企業はポリティカルリスクや周辺インフラといったほかの要素を加味して慎重に検討するはずです。

 また、資金を直接供与するのではなく、税控除を行う方式となれば、既存の援助アーキテクチャのなかでリソースを失う勢力(援助の担当官庁や実施機関)の抵抗も強いものと考えられ、実現するかどうかとなるとなかなか難しいように思います。

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2008年7月 2日 (水)

サミットの費用

Shunou 平林博元駐仏大使が書いた「首脳外交力 首相、あなた自身がメッセージです!」NHK出版生活人新書 700円)を読みました。

洞爺湖サミットを前にタイムリーな出版で、サミットの舞台裏などが詳しく書いてあります。エキサイティングかどうかは別にして、なるほど外務省というのはこういう仕事をするのですね、ということは分かります。

全体的に記載がサブスタンスというよりロジの部分が多いのが目立ちますが、外交機密にふれるのでサブはあまりかけなかった、ということかもしれません。

なお、この中で洞爺湖サミットの費用についてこんな記述があります。

サミットの準備も大ごとだ。中心となる外務省は、一年以上前から体制を築くが、最盛期には200人規模で専用の事務局を運営する。サミット開催の予算も大きなものになる。特に、インフラが十分でない沖縄や洞爺湖のようにリゾート地で開催される場合には、余計な経費がかかる。九州・沖縄サミットでは約800億円の予算であったが、洞爺湖では約600億円の予定である。その半分以上は警備関係の予算である。

600億円、しかもその半分以上が警備関係とは。どうりで最近駅で駅員さん以上の数のおまわりさんを見るわけです。

首脳同士が一同に会して協議することは大事なのだろうと思うのですが、これを家族に言ったら、

「でもSkypeでやったらタダじゃん」

まあ、確かに600億円という金額や、外務省だけで200人が駆り出されることを考えれば、首脳同士がロジとかプロトコールとかきにせず、気軽にSkypeで議論しあえるような環境ができれば、それにこしたことはありませんが…。

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2008年6月14日 (土)

床屋談義

朝日新聞の経済気象台は、「エコノミストら一線で活躍する経済人が独自の視点で、経済の今を語ります。朝日新聞掲載の伝統のコラムです。」ということらしいのですが、今日の新聞に出ていた「TICAD 4」と題する記事は、本当に「エコノミストら一線で活躍する経済人」が書いたのでしょうか。

まるで朝貢を受ける中国皇帝を髣髴(ほうふつ)とさせた。就任以来頻発する内政問題で憂鬱(ゆううつ)な福田首相は、外交での挽回(ばんかい)を図って、アフリカ40カ国の首脳と個別会談を行い、第4回アフリカ開発会議(TICAD 4)の終幕では5年後にアフリカ向けODAを倍増する約束まで行った。

役人と政治家の無駄遣いと失政のおかげで借金大国となってしまったこの国に、他国を援助する余裕などはもはやない。

ヨーロッパの小国であるギリシャやオーストリアはおろか、中国、インド、タイ、トルコまでもが他国に援助してるのですが、日本には援助する余裕はないのでしょうか。

たぶん、これを書いた人は、日本政府の歳出82兆円のうち、ODAは6,913億円で、わずか0.8%にすぎないことも知らないものとみました。

巨額の援助資金の多くは、先進国の大企業が回収し、残りの大部分も独裁者の懐に消える。加えて、他国のODA支援には武器輸出が相当含まれているといわれている。

ひも付き援助で先進国の大企業が受注するような形態のODAは、かなり減っています。特にアフリカでは、途上国政府の経常支出をサポートする「一般財政支援」が主流となっていて、対象分野も初等教育や基礎保健医療が多く、大企業との癒着が云々されるようなものは少なくなっています。

また、ODA支援にはOECDの定義上、軍事支援は含まれません。これは基本中の基本です。

元々アフリカには、旧宗主国が様々な既得権益と人脈を有している。また、中国やインドは華僑や印僑が現地に根付いている。出稼ぎの商社マンとメーカーの販売社員ではアフリカに食い込むことはできない。

アフリカ諸国でヤマハ発動機が大勢の青年海外協力隊OBを採用して、船外機の営業とともに漁業指導を行うことによって現地で大きな信頼を得ているといったこともご存じないのでしょうね。

エコノミストが書いたというより、床屋談義に近い内容で、失望しました。ODAを減らせという主張の是非はともかく、事実関係ぐらいは踏まえてほしいものです。FTなんかでは絶対のらないような記事だと思うのですが。

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2008年6月 5日 (木)

政府開発援助の欠点をNGOの支援はカバーするか

この論文は面白い。

NGO aid - Well targeted to the needy and deserving?

政府開発援助(ODA)は、外交的配慮や商業的利益と結び付いているため、真の開発ニーズにこたえていない、という批判があります。

つまり、開発援助といいつつ、政府が行う事業である以上、被援助国との外交関係や国益という「不純物」が入ったり、非効率な相手国政府を通じた支援にならざるをえないために、効果が上がらないという指摘です。

これに対して、NGOはそうした政府が行う事業のしがらみから離れて、より貧しい人々に、政府が機能していない国でも政府機構をバイパスして直接支援するなど、開発ニーズに適切にアドレスしていると考えられています。

ところが。

上記の論文では、いやいや、NGOによる支援も必ずしも所得の低い国々に対してより多く供与されているわけではないし、NGOが強みをもっていると考えられている、政府が機能していない国において活動が活発なわけではない、ということをデータで示しています。

それどころか、ODAとNGOの支援する地域は相当程度かぶっていることを指摘しています。確かに、日本の場合でも、ODAの主要供与先はアジア諸国ですが、NGOの活動も圧倒的にアジア地域が多いですもんね。

また、他のNGOの活動している地域で活動したがる傾向があるため、たくさん援助を受け取る「援助寵児」と、誰からも顧みられない「援助孤児」が生み出されているところも政府開発援助と同じであるとも。

この論文によれば、OECD諸国のNGOの援助額は57億ドルで、スカンジナビア諸国のODA額と同等というのですからインパクトは大きい。援助効果向上や国際協力アーキテクチャーは政府開発援助の一大テーマですが、同じ課題をNGOによる支援も抱えているというのは興味深いものがあります。

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2008年5月31日 (土)

アフリカ向け40億ドルの支援は巨額か

TICAD(東京アフリカ開発会議)が終了しましたが、昨日の朝日新聞に「支援策に厳しい目 NGO「債務増懸念」」と題した記事がありました。

今回の会議を機に日本のNGOが結成した「TICADIV・NGOネットワーク」は、福田首相が表明したインフラ整備を中心に5年間で最大40億ドル(約4200億円)の円借款を供与するとの方針に対して見解を発表。

「アフリカ諸国に巨額な借款を行い、再び大きな債務を生じさせることが適切かどうか、強い疑問を感じざるを得ない」と疑念を示した。
(5月30日付朝日新聞朝刊。TICADIV・NGOネットワークの声明文はこちら)。

「巨額」とか「大きい」という場合、「何に比べて」が重要です。

40億ドルは、一個人からすれば巨額ですが、アフリカ全体で考えるとどうなるでしょうか。

IMFのWorld Economic Outlookによれば、2008年のアフリカ全体での対外債務は、2623億ドルです。今後5年間で供与されるという40億ドルは、わずか1.5%に過ぎません

アフリカの対外債務2623億ドルが大きいか小さいかは、GDP比ではかることができます。債務/GDP比は2008年で20.5%開発途上地域全体のこの値は、25.1%で必ずしもアフリカ地域の債務負担が大きいわけではありません。これは近年の債務削減の貢献が大きく、2002年には60.5%もありました。

もちろん、債務削減によって数値が改善したのであって、この5年間でアフリカの経済構造が大きくかわったわけではありません。したがって、数値がよくなったからと言って、また借款を供与すれば債務危機がまた起きるのではないか、という懸念は当然あります。

そのためにはより厳格な対外債務管理真に生産的な投資への供与供与する借款の条件改善が必要です。

借款の供与条件については、近年、大幅に改善されています。こちらのページで確認できますが、LDCかつ貧困国(サハラ以南アフリカの多くがこのカテゴリに入ります)への借款は、金利0.01%という、ほとんど利子なしの条件で供与されます。償還期間は40年、うち最初の10年間は元本の返済は免除されます。

再び債務問題が発生するということは、この条件でも返済できないということになりますが、10年後、無利子でも返済できない状況に陥っているということは、債務問題という以前に、サハラ以南アフリカの経済が今後もゼロもしくはマイナス成長であり続ける、という大変な状況に陥っているということになります。

ちなみに「大きい」「小さい」に話を戻しますと、5年間で4200億円ということは年間にならすと840億円。2007年のインド一国への円借款の供与額は2251億円で、この2.6倍。アフリカ全体でもインド向け借款の額に及びません。

また、日本の公共事業と比べると、財務省HPのたまたま見つけやすいところにあった「平成20年度予算のポイント」をみると、スーパー中核港湾の整備(601億円)と空港等機能高質化事業(204億円)で約800億円。日本国内では、単年度でいくつかの港と空港を整備するのに使うお金にすぎません。

こう比較してみると、アフリカ全体で5年間4200億円というのは、はたして「強い疑問を感じる」ほどの「巨額」と言えるのかどうか、私は疑問です。

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2008年5月30日 (金)

実証する重要性

先日、職場の勉強会である研究者の方が、「どんなに正しいことでも、論文にして権威ある学術誌に掲載されて初めて現実社会に影響力を持つ」ということをおっしゃっていました。また、その論文のネタは実務家の方々がもっていて、研究者とコラボすることでいい研究ができる、とも。

この話をきいて私が思ったのは、諸外国の公共事業における受注企業の国籍と当該事業のコストの研究です。

よく、日本の商社やゼネコンの方から、「他国企業が安値で応札してくるが、途中で建設コストが増したり、工期が遅れたり、完成後もメンテナンスコストが高い。日本企業にまかせてくれればそんなことはないのに、発注者側は安値にだけ目が行ってしまって、理解してくれない」と聞きます。

この点について、ただ言うだけでなく、研究で実証してみせないとなかなか理解が得られないのではないかと思います。たとえば、企業の国籍と建設中のコスト増や工期延長の相関関係について、10億円以上の公共工事や機器調達事業100件を調査して明らかにするとか。だめでしょうか。

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2008年5月27日 (火)

無国籍の人たち

以前、「パリ空港の人々」という映画について書いたことがありましたが、無国籍の人というのは日本にも結構な数がいるようです。

彼らの多くは、難民として第三国の難民居住区に避難したのち、バブル期前後に日本に偽造パスポートなどで入国したという経緯を持っています。あるいは、ある国の難民居住区で生まれ育って、日本に来たような人もいます。

そうした人々は、日本から出国したいと思っても、もともと難民として避難してきたので、脱出元の国には帰れず、また、難民居住区の人たちには当該第三国の国籍も与えられていないので、国籍がない、ということになってしまいます。

彼らは密入国者なので、入国管理法違反で逮捕されると、入管の施設に何年も収容されます。一説によると一人当たり畳一畳ぐらいのスペースしか与えられないらしいのですが、そもそも彼らは国籍がないので、「国に帰れ」といわれても、帰る場所がありません

3年ぐらいすると仮放免されるらしいのですが、その場合でも就労は許されず(就労すると雇用者が罰せられる)、その結果、生活は大変苦しくなります。当然、健康保険などの社会的サービスも受けることはできません。

確かに偽造パスポートで入国したのは法に触れる行為ですが、日本では日本人が就かないような仕事をし、働いていたころはきちんと所得税も払っていた人たちが、このような苦しい立場におかれたままというのは、基本的人権を基本原理に掲げる憲法を持つ国としてどうかと思います。

帰る場所がないのですから、受け入れるほかないのではないかと思うのですが、この問題に関する入国管理局の対応は極めて厳しいようです。

無国籍の問題は特殊なケースですが、一般に難民受け入れについては我が国は厳しい対応をとっています。難民問題や無国籍問題に取り組んでいる人の苦労話を聞いていると、いくら一生懸命ODAをだそうと、「開発コミットメント指標」で日本が最下位というのもむべなるかな、という気になってきます。

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2008年5月22日 (木)

指名停止と受益者への影響

赤旗より。

大手建設コンサルタント「パシフィックコンサルタンツインターナショナル」(PCI)が、政府開発援助(ODA)事業での不正経理が発覚し、指名停止処分を受けていた二〇〇五年度中も約七十億円ものODA事業契約を続けていたことが二十日、分かりました。(中略)

高村正彦外相は、処分前から調達手続きが開始されていたとして、「指名停止すると事業の遅延をまねく」と答弁。井上氏は「国民の理解は得られない」と批判しました。

指名停止期間中も契約していたと聞くと、井上議員ならずとも「なんじゃそりゃ」と思いますが、指名「停止」の対象である「指名行為」が終わった後であれば、契約は可能というのは理屈としては成り立つと思います。

また、「事業の遅延をまねく」という外相答弁についてですが、これをさらにわかりやすく言えば、それがもし上水道のプロジェクトであれば、途上国の人たちがきれいな水を得るのが遅れるということですし(水汲みをしている子供がいれば、その子供はさらに水汲みを続けなければならない)、農村道路のプロジェクトであれば、農民は遅れた分だけぬかるんだ道を長時間かけて作物を運ばねばならない、ということになります。

で、その受益者たちが途上国政府に「自分たちがこんなにこまっているのに、事業はなぜ遅れているのだ」と問えば、「日本の都合だ」という答えが返ってくるわけです。

指名停止措置なのですから、これから指名行為が行われる調達には措置を受けた企業は調達に参加できません。なので、立派な不利益措置なわけですが、それに加えて、援助効果を損なっててでも(不祥事とは関係のない途上国の人々に迷惑かけてででも)その不利益措置の対象を広げるのがよいのか、というのは、議論のあるところだと思います。

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2008年5月15日 (木)

災害義援金

2004年のインド洋津波災害のあと、多額の寄付金・義援金が集まったことを受けて、各国の援助関係者は、「市民社会の開発に対する関心は高いことが証明された」「この関心を津波だけでなく、一般の開発問題にもつなげるべきだ」と盛んに言っていました。

こうした議論を聞きながら、当時私は、人々の寄付行為を恒常的な財源として期待するのは現実的なのだろうか、と違和感を感じていました。

5月13日付のヤバい経済学ブログに「あなたの利他的動機はどの程度純粋か?」と題したエントリがありました。

これによれば、アメリカでは2004年の津波(22万人が死亡)の際には19.2億ドル、2005年のハリケーン・カトリーナの被害(1,577人が死亡)の際には53億ドルの義援金が集まりましたが、2006年に発生したパキスタン地震(7万3,000人が死亡)の時には、その額は1.5億ドルに過ぎなかったそうです。

自然災害による被害ということでそれぞれの出来事は共通しており、人々が純粋な利他心を持っていれば、このような差はでないはずです。

ヤバい経済学ブログでは、義援金の額は、マスコミの取り上げ具合によって大きく変わるという研究結果を引きつつ、今のアメリカでは、大統領選挙の前であること、アジアは地理的にアメリカから遠いことなどの理由により取り上げる頻度は多くはならないだろう、との考えのもと、今回のミャンマーのサイクロン災害、中国の四川大地震に対して集まる義援金の量は多くはならないだろう、と予想しています。

また、別の研究結果として、個別訪問による募金集めの実験において、最も募金を集めたのは魅力的なブロンドの女性であったという、ある意味、身も蓋もない事例を引きつつ、我々は、寄付をニーズに基づいて盲目的に行っていると考えがちだが、実際にはそうではない、純粋に利他的な動機というものは存在せず、あるのは「不純な利他的動機」(「正しいことをすることに満足を覚える」という間接的な動機)なんじゃないか、としています。

この記事を読んで、冒頭で述べた私の違和感の理由がわかった気がしました。つまり、人々の利他心というものは確かにすばらしいけれども、テレビの映像や取り上げの頻度などの要因に大きく左右されるので、緊急支援のみならず、恒常的に資源移転が必要な開発の安定的な財源として期待するのは楽観的なのではないか、ということです。

もちろん、このことと災害時の義援金の重要性は別の議論で、私も今日、子供が通っている小学校で行われていたミャンマーのサイクロン被害の募金になにがしかを投じたところですが、これを平常時のファンド・レイジングに進めていくには工夫が必要なんだな、と感じた次第です。それがブロンドの美女なのかどうかはわかりませんが…。

それにしても中国の地震はひどい。アメリカではどうかわかりませんが、日本は隣国ですし、地震についてはひとごととは思えないので、義援金は多く集まるのではないでしょうか。

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2008年5月 8日 (木)

日中共同声明

「日中苦心の得点稼ぎ」
「低迷の首相、成果演出」
「パンダ頼りの狙い見え見え」

今朝の朝日新聞の中にあった見出し類ですが、さんざんな言われようですね。

夕刊の素粒子には、こんなのも。

戦略的互恵関係 懸案事項に深入りせず、声明は曖昧表現。わかりやすい成果と言えばパンダ貸与、のような関係をいう。

この素粒子を見たとき、さすがに「揶揄」しかできない朝日新聞に怒りがわいてきました。

こうした見出しを書く整理部記者、素粒子を書いた記者、「狙い見え見え」と投書した神奈川県相模原市の主婦に言いたい。

日中共同声明を一言一句、その意味、含意を吟味して読みましたか?

10年前、宮中晩さん会で江沢民国家主席が行ったスピーチを覚えていますか。その時との違いがわかりませんか。

印象深いのは次の一節です。

中国側は、日本が、戦後60年余り、平和国家としての歩みを堅持し、平和的手段により世界の平和と安定に貢献してきていることを積極的に評価した。双方は、国際連合改革問題について対話と意思疎通を強化し、共通認識を増やすべく努力することで一致した。中国側は、日本の国際連合における地位と役割を重視し、日本が国際社会で一層大きな建設的役割を果たすことを望んでいる。

日本の常任理事国入りを支持する、とまでは行きませんが、国連改革と国連における日本の地位を重視する、と常任理事国入りにつながる表現に踏み込んでいることは特筆されます。

また、早稲田大学での講演は対中援助への感謝の意が表されましたし、また、その模様は中国に生中継されたそうです。これまで対中援助は中国人民に知らされていない、という批判がありましたが、国家主席の肉声でその謝意が表わされたことの意味は大きいのではないでしょうか。

また、目立ちませんが、外務省HPに掲載されている「日中両政府の交流と協力の強化に関する共同プレス発表」でも注目すべき項目があります。

65.双方は、昨年11月に北京で行われた第三国援助問題に関する局長級対話において、対外援助に関する経験の共有及び対外援助の分野における協力の可能性を検討した。双方は、引き続き、実務レベルで対話を継続していく。

66.双方は、昨年9月に東京で行われたアフリカ局長級協議において、各々の対アフリカ政策及びアフリカ情勢等について率直な意見交換を行い、可能な協力のため引き続き協議を強化していくことで一致した。また、中国は、日本で本年5月に開催される第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)がアフリカの発展の促進に向けてより大きな成果を収めることへの期待を表明した。

中国の援助は、OECD諸国の援助潮流とは全く別文脈で実施されており、そのことに対する批判が強まっていたのですが、日本との間でドナー協調をしていく、ということが首脳会談を機に決定されたことは大きな変化だと考えます。

新聞やテレビは、ガス田協議やギョーザ問題ばかりを取り上げますが、「共同プレス発表」の各項目をみると、様々な分野でいい仕事をしているようにみえるのですが、どうでしょうか。なんでもかんでもネガティヴに報じる姿勢はいかがなものかと思います。

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現代アフリカと開発経済学

Modernafrica 今月、TICAD IVが開催されるとあって新聞もテレビもアフリカ関連の番組・記事を多数紹介しています。

TICADはこれで4回目ですが、3回目のときと比べてもその報道振りは際立っているように思います(当時、私のアンテナが低かった可能性もありますが)。

他方、そうした記事を丹念にフォローするのは結構コストがかかりますし、そもそも「アフリカ」といっても北アフリカから南アフリカ、西アフリカから東アフリカまで多岐にわたり、ひとくくりにすることが困難です。

そういうときはやはり新聞記事ではなく、一冊本を読むのがいいのではないかと思って読んでみたのが「現代アフリカと開発経済学 市場経済の荒波のなかで」(峯 陽一著、日本評論社、3300円)。

アフリカの農業の振興、都市化、累積債務、構造調整、飢饉といった課題をルイス、ベイツ、ハーシュマン、アマルティア・センといった経済学者、社会学者が提唱した理論をあてはめつつ解説する、という構成をとっています。

個人的には「農工間労働移動モデル」のルイスがカリブ海出身の非白人経済学者で、自身のルーツである西アフリカの経済開発に実務家として携わっていたというエピソードが印象に残りました。また、「アフリカの飢饉とセン」の章では、今話題になっている食糧問題への対応のヒントとなるような記載もあります。

経済学やアフリカに予備知識がない人がいきなり読むととっつきにくさがあるかもしれませんが、以前紹介した「図説 アフリカ経済」などとあわせて読むと、おぼろげながらアフリカ経済の姿が見えてくるのではないかと思います。

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2008年5月 2日 (金)

アメリカの平和部隊を巡る議論

日本で国際協力といえば、まず頭に浮かぶのが青年海外協力隊です。知名度、好感度ともにナンバー1でしょう。私も何人か協力隊経験者の友人がいますが、途上国の農村部で現地に溶け込んでいい仕事をしており、彼らには常に畏敬の念をもっています。

さて、アメリカでは青年海外協力隊に相当する平和部隊(Peace Corps)というものがあります。

青年海外協力隊同様、知名度、好感度ともに高いようですが、Foreign Policy誌に「平和部隊を再考する」という批判記事が掲載され、それに平和部隊経験者がコメントを多数寄せるなど、ちょっとした話題になっているようです。

批判記事の骨子は以下のとおりです。

  • 平和部隊はアメリカ外交の武器になっていない:平和部隊は外交当局とは独立した組織となっており、短期的な外交目的に従っていない。そもそも、途上国の受益者たちは平和部隊がアメリカから派遣されていることを意識していない(ひどい場合にはフランスや日本から来ていると勘違いしている)。
  • 平和部隊は必ずしも優秀な人間を採用していない:最低限の基準さえクリアすれば現地に送り込んでいる。
  • 平和部隊は必要のないところに送り込まれている:必ずしも開発ニーズが高いところに多く送り込まれているわけではない。だれかがある国に対する派遣人数を決めて、その妥当性を問おうとはしない。
  • 平和部隊は開発援助機関ではない:著名な開発協力に関する本を開いても平和部隊への記述は全くない。これは平和部隊が開発協力のモデルとは程遠いことを示している。平和部隊は「開発」の側面と「平和と友情」の構築という側面のどちらを優先するかを決めかねている。
  • 平和部隊は必ずしも現地で歓迎されているわけではない。
  • 平和部隊には派遣人数の計画はあるが戦略がない:成功に関するベンチマークが設定されていない。その結果、カメルーンでは40年以上も前のプログラムが今も継続しているが、真っ当な開発援助機関であれば外部からの援助プログラムが40年も継続して実施されなければならないとすれば、何かが間違っていると考えるべきである。

こうした問題点を指摘しつつ、記事は、優秀な人材のみをリクルートし、開発意欲の高い国に集中的に派遣し、援助効果を出すべきであると締めくくっています。

私は、青年海外協力隊というスキームの評価について必ずしも明るくありませんが、上記の平和部隊に対する指摘のうち、いくつかについては協力隊にも当てはまるのではないかと思っています。

特に「平和部隊は開発援助機関ではない」という点について、青年海外協力隊が日本の援助に関する政策文書に登場することは少なく(ODA大綱にも中期政策にも協力隊の文字は出てきません)、また、個別の素晴らしいエピソードはあってもそれが当該国の経済社会の発展にどのようなインパクトを与えたのか、という評価についてもまだ十分になされているわけではないように思います。

財政状況が厳しく、ODA予算についてもその効果的執行が求められているなかでは、スキームの如何を問わず、「援助効果」がどれだけ上がっているかを定性的・定量的に示すことが必要です。

すでに資金協力と協力隊のコラボレーションとして、スリランカのルナワ湖周辺生活環境改善事業の例などがありますが、今後はこのように協力隊と他の援助スキームを組み合わせて個々の協力隊員の頑張りをインパクトして増幅させる仕組みが求められてくるのではないでしょうか。

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2008年5月 1日 (木)

食糧価格の高騰について

世界的な食糧価格の高騰については、年初あたりからポツポツと聞こえていましたが、4月2日に世銀のぜーリック総裁が行った「現下の世界経済運営における政治的課題」と題するスピーチがなされて以降、連日のようにテレビ、新聞などで報道されるようになりました。

金融市場の混乱を受け、食品価格が高騰しています。2005年以来、主要食糧の価格は80%も上昇しました。先月、コメの実質価格は19年ぶりの高値となり、麦の実質価格に至っては28年ぶりの、過去25年間の平均価格の2倍に達しました。

これは一部の農民にとっては喜ばしいことかもしれませんが、最も弱い立場の人々には強烈な打撃となっています。わずか4~5歳の子供たちが安全な農村を離れて、過密都市の中で食糧を求めざるを得なくなり、食糧をめぐる暴動が社会不安を招き、さらに母親の栄養不良が新生児の健康を損ねる事態につながります。世界銀行グループの推定によると、食品およびエネルギー価格の急騰のため33カ国が社会不安の危機に直面しています。こうした国では食費が消費の半分から4分の3を占めており、ギリギリの状態なのです。
(「現下の世界経済運営における政治的課題」より)

食糧価格の高騰は、ここで言われているように社会不安を引き起こします。自給的な生産活動を行っている農村部では影響は少なく、大きな影響を受けるのは都市部の貧困層です。

ハイチ等での暴動が報道されていますが、都市部で社会不安が高じると政権の崩壊にもつながります。政情不安はさらに経済に悪影響を与え、途上国の困窮度合を深めることから、人道的にもそして政治的・経済的にも食糧価格の高騰には適切な対応が必要です。

適切な対応の具体的内容についてはぜーリック総裁のスピーチの中に示されていますが(*)、貧困層の購買力の向上(食糧を配給するよりもキャッシュを補助した方が効果が上がる)、長期的な農業生産力の向上(技術面での改良、インフラの整備、制度の整備)、農業をめぐる保護貿易の縮小などが必要です。

(*)新聞報道などでも報じられていますが、どうしても断片的になるのでスピーチ本体を読むことが重要です。これはこの件に限らずあてはまることだと思います。なかなか実践するには時間がないですが。

食糧不足は食糧の供給不足が原因で生じることは事実ですが、それが必ずしも飢饉につながるわけではありません。1980年代、アフリカではエチオピアで干ばつによる被害で飢饉が発生しましたが、一人当たり食糧生産量で対してかわらない国はほかにいくらでもありました。

たとえばインドでは、独立後飢饉は1回も発生していません。これは「緑の革命」が起きたことが大きかったのも事実ですが、それ以上にインドでは民主主義とマスコミが機能し、ある地域で食糧不足や飢饉の兆候が起きると貧困層への現金供給などの形で有効需要を作り出し、その地域にほかの地域から食料が流通するよう対応をとってきたからだと言われています。

今回は世界規模での課題となり、そのレベルで民主主義が機能するかが問われています。世界政府はありませんのでサミットにその役割を期待することになりますが、いかに課題に果断に取り組んでいくか、議長国日本の役割は大変重要です。

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2008年4月27日 (日)

衆議院予備的調査

民主党のHPに衆議院予備的調査の結果がアップされています

 民主党は、2007年の参議院選挙において「国民の生活が第一」を掲げ、その実現に向け、「行政のムダを徹底的に削る」とお約束しました。
 政府は、国民から見て不適切と思われる税金のムダづかいをしており、そのムダづかいの温床となっている大きな要因の一つが「天下り」です。官僚の再就職先となっている法人のなかには、「天下りポスト」を確保すること自体が目的となっている団体が多数あり、そこに多額な支出がなされています。また、官製談合・随意契約も横行し、役所の裏金づくりや水増し請求などの不適切な経理処理も少なくありません。

予備的調査とは「国会の審議を充実させるために、審議の前に必要な資料を集めるなどの調査」で、大変重要なものです。

が、しかし。調査を受ける側は、質問項目についてデータが整備されているわけではないので膨大な作業が必要になり、私もその作業の一端に従事したのですが、大変でした。重要なのは理解しつつ、通常業務に影響を及ぼさずにできる作業量ではないので、調査結果が正しく使われることを祈るばかりです。

さて、この予備的調査のなかで「特殊法人に関する予備的調査」というのがあり、そこに日本中央競馬会が提出した資料があります。

ご同役、大変でござったな、という気持ちでPDFファイルを開いてみると。

収入及び支出に係る上位10位までの取引先の名称等
(1)収入に係る主要10位までの取引先の名称、取引の概要及び額

1位 取引先の名称 不特定多数
取引の概要 勝馬投票券収入

そりゃそうですよね。考えてみれば当たり前なのですが、なんだか面白い。ちなみに2位も不特定多数が取引先で、取引の概要は入場料。

収入の1位が勝馬投票券収入なら、支出の1位は払戻金のような気もしますが、こちらは日本トータリゼータ株式会社となってます。なるほど。

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2008年4月 4日 (金)

日本のODA、5位転落

本日の朝日新聞の記事。

日本のODA、5位に転落

日本政府による07年の途上国援助(ODA)総額(暫定値)が財政難などから前年比30.1%減の76.9億ドル(約7800億円)となり、ドイツ、フランスに抜かれて、国別で前年の3位から5位に転落したことが2日、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)の調査で明らかになった。

いくつかコメントを。

記事では順位を下げた理由について、①財政難でODA予算が減った、②対イラク支援の一貫として実施した債務削減が終了した、ことの2点を挙げています。

OECD DACのHPではまだ詳細が掲載されていないので、詳細な数字の分析ができないのですが、おそらく減額の直接の理由は上記①、②のとおりだと思います。

ただ、おそらく日本のODA実績が低下していることの大きな要因は、過去に貸し付けたODA借款の返済が増えているため、貸付額から返済額をひいた純額ベースでの実績(OECDの統計は純額ベース)が伸び悩んでいることにあります。

これは構造的な要因であり、純額ベースで統計を取り続けるかぎり避けようのないものです。実際に日本の援助が途上国の現場でどのぐらいのプレゼンスをもっているかは、グロスでどの地域に資金が向かっているかをみないと正確なところはわかりません。

また、今後のトレンドを考える上で、これまで日本がODAの大宗を振り向けてきた東アジア、東南アジアの経済発展の影響を無視することはできません。

2008年にかつての主要援助先であった中国向けの円借款が終了し、東南アジア諸国もマレーシア、タイなど、成長軌道にのりかつてほど円借款を必要としなくなってきています。インド、ベトナムといった国の資金需要は引き続き旺盛ですが、中国や東南アジア向け支援が減少した分の資源を今後どこに振り向けるのか、その吸収能力をもった有力な地域はあるのか、というのは大きなポイントです。

さらにいえば、世界的な金余りの状況において、円建て・長期・固定という「円借款」というスキームの魅力が減じてきているのではないか、という点も考えてみる必要があるかもしれません。

開発途上国の経済発展に資する支援とはどのようなものか。朝日新聞の記事では官民の力を合わせるパッケージ支援や国際機関との連携などが提言されていますが、まさにそのとおりで、単に資金量や順位にこだわるのではなく、いかにして機動的、効率的、効果的な援助を供与するか、その体制作りが問われていると思います。

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2008年3月25日 (火)

競馬への課税強化は人を幸せにするか

週刊東洋経済の3月15日号で大竹文雄大阪大学教授が「中毒財への課税強化が人を幸せにする」と題するエッセーを掲載しています。

中毒財とは、たばこ、ギャンブル、酒のように依存症になりやすい財のことをいいます。

中毒財は、過去により多く消費していればしているほど、今消費することの満足度がおおきくなるという特徴を有しているため、続ければ不幸になることは分かっているのにそこから抜け出すのは難しいとされます。つまり、アル中になったりタバコで健康を害したり、スッて身を持ち崩したりする。

特に、中学生のときに夏休みの宿題を夏休みの最後の方にやった人(=いやな物事を後回しにする人)ほど、タバコをすいやすく、ギャンブルをしていることが多く、借金を背負う確率も高いそうです。

そこで大竹教授は、こうした人々が不幸になるのを防ぐため、中毒財への課税強化による価格引き上げや販売の禁止を提唱します。

最近、韓国や台湾でパチンコが法的に禁止されたそうだ。タバコやギャンブルに対する課税や規制を強めることで人々が幸福になるのなら、真剣に検討してはどうだろうか。

今年に入り、いわゆる一口馬主の世界では従来よりも取られる税金が増えましたが、これによって人々は幸せになるでしょうか。10年ぐらいたって「ああ、あの税制変更のとき足を洗っておいてよかったなあ」と。

当たりを引くのが難しい世界ですから、単に損得勘定から言えばそう思う確率は高いと思いますが、それもなんだか味気ないですね。

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2008年3月 3日 (月)

「開発援助の経済学」研究会

こんなすごいサイトが立ち上がりました。

「開発援助の経済学」研究会(独立行政法人 産業経済研究所) 

諸外国では英国のODI、米国のCGDなど、開発の分野の研究を行い、それに基づき政策提言をしたり情報発信する機関があり、日本でも政策研究大学院大学などが力を入れていますが、その他にもこんな研究会が立ち上がっていたとは。

論文のダイジェストや執筆者のインタビューなど、私のようなものでもエッセンスがわかるように工夫されていて、大変ありがたい限りです。国際場裏で何か主張する際に、こういう実証研究が背景にあるとないとでは大違いですから、TICADやサミットでも活用されそうですね。

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2008年2月23日 (土)

こんなに使える経済学

Economics_is_useful 「こんなに使える経済学-肥満から出世まで」(大竹文雄 編、ちくま新書、680円+税)

経済学の分析枠組みで、肥満の問題や教育、労働問題を考えるとこうなる、という事例を5,6ページの分量にまとめて紹介し、経済学への関心を喚起させようという本。

いずれのトピックも読みやすく、「経済学」というと抽象的でとっつきにくいイメージをもっている人でもこれを読めば勉強してみようか、という気になるのではないでしょうか。

また、私は編纂者の大竹大阪大学教授の序文がわかりやすくて素晴らしいと思いました。

以下、印象の残った文をいくつか。

経済学を学ぶときに最も重要なことは、人は幸福になろうというインセンティブをもって行動しているということを理解することである。そのような人々のインセンティブを無視して組織や制度を作ると、必ず失敗するということである。命令をしたり、規制さえすれば必ずそのとおりに人々が行動するという前提で制度を作ると、うまくいかない。
(序 「経済学は役立たず」は本当か P.11)

経済学の本質的な面白さは、社会の仕組みを考えることで、どうしたら人々が豊かになるかを考えることだ。解雇規制を緩和するほうがいいという提案を聞けば、多くの人は「不安定な雇用にする方がいいわけがない」という拒否反応を示す。(略)しかし、解雇規制を緩和したほうが、企業が積極的に人を雇うようになって、職を失う人よりも職を得る人の方が多くなるかもしれない。
(略)
制度を設計する上では、そういう矛盾がつねにある。ある制度変更をすると、その当事者本人がどうなるかということだけではなくて、そういう制度を変更すると次に何が起こるかという先まで考えると、人々の常識とは逆のことが起こることもある。そういうことをしっかり見据えて、本当に豊かになる方法を考えられるところが経済学の一番面白い点である。
(同、P.17-18)

いい入門書なので、これで巻末に次に読むべき本のリストでも載せてくれればなおよかったのですが、それは望みすぎでしょうか。

いずれにしてもお勧めです。

【おまけ】
経済学を無視し、インセンティヴとか次に何が起きるかを考えずに政策や法律を作るとこうなります。
「猫でもわかる「ジンバブエ」の簡単な解説」
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51237737.html

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2008年2月21日 (木)

グローバル指向のハト派

Yahoo!みんなの政治 政治ポジションテスト外交編の私の結果。

グローバル指向+4 ハト派指向-2。

このグループに近い考えの政治家:吉田茂、石橋湛山、ビル・クリントン

開発援助に関するエントリばかり書いているのですから、ある程度予想可能な診断結果かと。確かに石橋湛山なんかは、病気にならなければ日本はその後どうなっていたんだろう、などと思うことがあります。

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2008年2月20日 (水)

社会変革に要する時間

最近、i-podでBBCラジオニュースを聞いています。

さすがBBCというか、大事なニュースを、しかもバランスのとれた伝え方で報道しているので勉強になりますし、何より視野が広がります。

ここのところケニアやパキスタンなど、イギリスの旧植民地において選挙をめぐる混乱が続いていますが、最近のBBCニュースでも何度か西側が押し付ける民主選挙は途上国には根付かないのか、という短い討論をやっていました。

その中で発言者が、民主政治はまずhome grownでなければならない、という前提をおきつつ、フランスでもイギリスでも民主政治が定着するまでには100年単位の時間がかかっており、アフリカや南アジアでも安定した民主制が定着するまでには相応の時間がかかるものであるということを理解すべきだ、という趣旨のことを言っていました。

人間の一生は短いので、MDGsの達成にしても民主政治の定着にしても早期に結果を求め勝ちですが、先進国がかつて成し遂げた以上のことを途上国は今要求されているという認識をもっておくべきではないかと思います。

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2008年2月19日 (火)

国家は、いらない

No_need_for_the_state 東洋経済の書評でとりあげられていたので読んでみました。

「国家は、いらない」(蔵研也著、洋泉社ペーパーバックス、952円+税)

普通、市場経済に任せていては格差が拡大したり公共財が供給されなかったりするため、政府が規制を設けて経済的弱者を保護したり、公益事業を行ったりします。

ところが、本書では、その規制や公益事業のために保護されるべき経済的弱者が不利益をこうむっている実態がエビデンスとともに明らかにされます。

例えば、電力やガスは新規参入が規制されているために電力会社やガス会社の一社独占のため諸外国よりも国民は高い料金を払わされており、農業保護政策によって自由化した場合に比べて米は8倍、小麦は2.5倍も高くなっており、結果的に低所得者層を直撃しています。

さらに、私が驚いたのは、累進性があるとされる税制でも、多様な控除制度があるため、実際には8割もの日本人が最低税率にあること、年収が1000万円以下の場合は所得があがるほど実効税率は低くなっているという事実です。

どうしてこういうことになってしまうのか?

それは民主主義の過程で、公益を主張する力の強い人々が政策の意図を捻じ曲げしまうからだと著者はいいます。

しかし、公共選択の理論が明らかにしているように、ほとんど定義によって、弱者が使える資源に比べて、強者の使える資源のほうがはるかに多い。

自分が強者であれば、弱者保護政策の名の下に税金をとりあげられるのを等閑視するはずがないのだ。政治家にロビー活動をして、弱者保護は経済成長に不利であることを説得したり、あるいは税制に実質的な抜け穴をつくってもらおうとするだろう。

結果、弱者保護は民主主義の政治過程のなかでほとんどが骨抜きにされることになってしまう。
(第10章 真の公益性を実現するのは誰なのか P229-230)

ではどうすればよいのか。

著者は、弱者を直接に金銭補助し、それ以外の政策はその制定過程で強者の介入や官僚のお手盛りが発生して弱者を踏みつけにするので一切廃止すべきと主張します。

それ以外の、政府が従来供給してきた公共的な活動は、自発的な団体がやるほうがモチベーションにおいてもやり方においても政府よりも効率が高いのでこれらに任せるべきである、とも。これは、例えば開発援助は、政府が納税者から集めた税金でODAとして実施するよりも自発的な団体である開発NGOなんかがやったほうが効率的かもしれない、ということですね。(注:この例は私が考えたもの)

かなりラディカルな議論ですが、なるほどと思わせるところが多分にあります。大変勉強になりました。

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2008年2月16日 (土)

一クラスあたりの生徒数

「35人学級の見直し」を主張している橋下大阪府知事が、現場を視察して「自分の教育論は机上の空論だった」と反省した、という記事がありました。

13日に視察した柱本小では、子どもの理解の度合いに応じてクラスを半数ずつ2カ所の教室に分け、少人数で指導する様子を見守った。橋下知事は「40人、50人でも授業は可能と思っていた。現場を見て、少人数で手取り足取り教えることも必要だとわかった」。

その後の会見では、「ただちに持論が変わったわけではない」と語りつつ、「あまりの世間知らずに恥ずかしさを感じました」と反省。府教委などと議論を重ねていく考えを示した。
(2月14日付朝日新聞より)

以前、「社会的実験に基づく貧困削減」という記事を載せましたが、政策決定は当該政策の効果が科学的手法で実証されているかどうかで判断するべきだと考えます。でないと、政策意思決定者の「思い込み」や「机上の空論」で適切でない政策が実行されるおそれがあります。

もし一クラスあたりの人数だけを考えるのであれば(それだけが学力向上の要素ではないと思いますが)、公立学校を無作為抽出し、35人学級にする学校群と50人学級の学校群にわけて、その効果を比較してみればいいわけです。

まあ、このやり方は日本では政治的に受け入れられないでしょうから(50人学級の学区の家庭は猛反発するでしょう)、全国の公立学校で一クラスあたりの学級数と学力テストの成績の相関関係を調べて効果を比較するというやり方もありそうです。

こうした手法は、途上国の開発政策の現場で取り入れられ始めています。そんななかで日本が政治家の思い込みや思いつきで政策が右往左往するというのはどんなものかと。

そうはいっても「私は科学的に効果が実証された政策しか実行しません」なんていう主張では、選挙には受からないのでしょうね。

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2008年2月14日 (木)

奴隷貿易がアフリカに与えた影響

アフリカの低開発の原因として、ヨーロッパの植民地支配と奴隷貿易がよく挙げられます。

奴隷貿易については、それによってアフリカの労働力が流失し、経済成長を阻害したという程度の認識しかなく、現在の低開発状態にとってどのぐらい影響を与えるのかについてはよくわかっていませんでした。

今日、The Historical Origins of Africa's Underdevelopmentという記事を読んだのですが、これによれば、アフリカ諸国のうち、奴隷貿易で多くの人間が輸出された地域ほど現在(2000年)の一人当たりGNPは低いという相関関係がみられるそうです。

しかも、奴隷貿易が盛んだった地域は当時としてはもっとも発展していた地域だったにもかかわらず、多くの人々が奴隷として連れ去られた結果、幅広い民族グループの成立が阻害され(民族が断片化され)、政治構造が脆弱化し、現在も民族的に断片化された地域となっているというのです。

この記事を書いたNathan Nannブリティッシュコロンビア大学准教授の計算によれば、もし奴隷貿易がなければアフリカと他の開発途上地域との経済格差の99%は存在しなかっただろうということです。

奴隷貿易は1400年代~1800年代まで4世紀の長期にわたって行われていましたが、想像以上に大きく現在のアフリカの状態に影響を与えているようです。

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